濫觴・一樹
徒然なるままに…
濫觴通信
2003年1月
41号
発行:市橋一樹
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【濫觴通信2003年1月41号】

 あけましておめでとうございます

 図は甲骨文・金石文・篆書といわれる羊をかたどった文字です。
 
 羊をもとにした文字は多い。
 【美】「羊と大」を合わせてつくられていて、肥えて美しい様を表している。文字が出来た時代の美意識が、
    大きな羊を美しいと感じ、肉を美味しいと感ずることを「うつくしい」としたのであろう。
    だから、おいしいは「美味しい」である。
 【善】神羊を中に原被告当事者の宣誓する字形。
    もとは裁判用語であったが、のちにすべて神意にかなうことを善といい、善言・善行・善道などに用
    い、また徳の究極をいう。論語では「美を尽せり。善を尽せり」とあり、美は善を尽くすことによって
    完成されるとされている。
    善言・善行・善行は美しい心である。
 【祥】説文という漢字のできかたなどを説明した辞書に「福なり」とあり、吉祥の意とする。
    祥雲・祥瑞・祥応など吉善の意に用いることの多いオメデタイ文字である。
 
 羊をもとにした文字の話で、年頭のご挨拶にさせていただきます。       平成15年元旦

                              参考 / 白川静著「字統」


 俳 句

 「万緑や 墨絵となりし 金華山」
 二十数年前に同業(看板屋)の集まりで長良川河畔のホテルに泊まったときに、独り言のようにでてきた句である。
 それまで俳句などに全く感心がなかったのに何故できたのか不思議でならない。
 日本人特有のDMAが働いたのか。
 当然なことに、俳句に関する本も見たこともない、歳時記など読んだ記憶もない。
 それなのに日常使うことのない「万緑」の言葉はどこから出てきたのだろうか。
 高校卒業後進学できなかったので、新聞を切り抜き政治、経済、文化、生活、スポーツなどに分類してスクラップして勉強をした。そのとき文化欄の俳句の項をを読んだ記憶が無意識にでたきたのではないのかと思う。
 車がオーバーヒートして、時間をおいて冷ましたつもりなのにラジェーターの熱湯を顔全体に浴びてしまった時、家庭欄で火傷の初期手当は水が良い、という記事が頭をよぎり水を掛けっぱなしにして、救援を待っていた。それが功を奏してか、ケロイドにもならず今の顔がある。
 これも新聞をスクラップしていたお陰である。
 横道にそれてしまったが、十数年前の風もなく日差しの温かな日の交差点で信号待ちしているときに出てきた独り言が「つかのまの 日向ぼこなり 赤信号」でした。

 平成7年10月、「大村あさ」さん(祖母91歳、現在もご健在)の俳句に触発されて、創作された染織作家「斎藤 洋」さんの染布と俳句の作品展を企画。

 その時「大村あさ」さん俳句と出会う。
 「地図になき 経となりけり 青葉風」
 「魚板打つ こだまのみして 枇杷の花」
 「鈴とめて 三井の鐘きく 遍路かな」
 「炎天に 血漿のごと 鉄路錆ぶ」
 「山神の 使い走りや 寒鴉」
 「あさ」さんは言う。あなたなら出来るよ、俳句を始めたら。
 その気になって興に任せて作ってはみたが、いいのか悪いのか判らない。

 と、今までの話をしたら言葉巧みに誘われて句会に参加することになってしまった。

 句会はライブである。
 「錆肌の 晩夏の富士は 重きかな」
 「春へんろ 老女ほんのり 紅をさす」
 「ななかまど 伝言板に 余白なし」
 「カレンダー あと一枚の 写楽かな」
 「ごとごとと 路面電車や 暮早し」
 句と一緒に作者の顔と声がそこにある。
 自分には見えない角度からの句、見方、感じ方の違いに驚き、思いもかけない新鮮さに刺激される句会は肌に感じるライブそのものだ。
 今まで独学を良しとしていて、指導を受けるということのなかった私であるが、句会で指導されて始めて、一人で酔うだけの自分勝手な句を作っていたとわかったのである。

 オランダのクローラミュラーの美術館で見たゴッホの門外不出のスケッチは、形ではない農民の苦悩や悲しみを後ろ姿に描いていた。「これが絵画だ!」と身体の中で核反応が起きたように熱くなった覚えがある。

 八ヶ岳の音楽堂で聴いた、武満徹の「秋庭歌一具」(雅楽)は、心地よい緊張と共に、音のないときに美しい音を感じさせる「これぞ武満音楽である」と魅了され酔いしれたのである。

 山路を登りながら、かう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。
 住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生まれて、画が出来る。・・・・・・・(中略)・・・・・・・・束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人といふ職業が出来て、ここに画家といふ使命がある。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。
 この夏目漱石「草枕」の冒頭は私の好きなところである。
 井上靖・安岡章太郎・井上ひさし・池波正太郎などいろいろ読んで、読後に心地よさやほのかな潤いを感じているが、ゴッホのスケッチを見たときのように、強烈な「これが文学だ」という感銘を得ていない。
 同じ創作の世界なのに、文学だけは絵や音楽のように酔いしれることは出来ない。
 
 文学は苦手な分野なのだ。
 俳句を作りながら少しは文学を感じる所に近づけることができるのではと思うが、句そのものを作るに苦心する。
 句心が育たない。
 心が揺れていたり、高ぶっていてはできない、かといって静か過ぎてもできない。
 心のバランスを取ることが大切なことと思える。
 俳句作りは、リウマチの発症以来、思うように動かせられない身体になった挫折感から立ち直る一つの手段になったのである。
 俳句を作ったときの感情から離れて、もう一人の自分が第三者になってみる推敲という行為は、真っ直ぐにものをみる心の修業に通じるものであろう。
                       
                                2002年12月10日