濫觴・一樹
徒然なるままに…
濫觴通信
2003年9月
43号
発行:市橋一樹
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【濫觴通信2003年9月43号】

「痛い!」

 やはり駄目か!
 普通に階段を降りようとしたが痛いのだ。だから、幼児のように右足を下ろし、次に左足を揃えるように下ろす。そして右足という順序で、情けなさと苛立ちをないまぜにした気持ちで、ヨチヨチと降りるしかない。
 健康体のときは、階段や坂道は上りを辛く感じていた。しかし、
下りの方が膝にかかる負担がはるかに多いということが、膝を悪くして初めて、痛みという現象で思い知らされたのである。

 リウマチを患ってから、いろいろな事を試したり飲んだりした。中国温灸がいいと聞いて試し、手のツボに灸をすると聞いて試してみたりもした。気を入れる整体にも通ったが、どれも気休めで痛みが和らぐ実感はなかった。
 私を気付かってくれる人が、これが良い、これはどうだと薦めてくれる。又、かみさんも人に聞いたからと民間療法的な薬を買ってくる。関節にはサメの 軟骨のエキスが良いと飲まされる。
 「俺は、モルモットか」と悪態をつきながらも「飲んでみないことには判らない」と言うかみさんの言葉で、それもそうだと渋々飲んでみたものの、効果があったという感覚はない。
 だいたい初めから眉唾物と懐疑的な気持で飲むのだから、その効果を期待する方が無理なことなのかもしれない。
 試したり飲んだりしてみて、四・五回で、その効果は期待して良いものなのか、駄目なものなのかは身体が感ずるものである。
 いろいろ試した中では温泉が良かった。温泉も各地にあるが、特に昼神温泉に身体が一番良い反応をした。いくら良いと言っても、昼神までしょっちゅう通うわけにはいかない。
 関節にコワバリのあった初期の頃、朝風呂に入った。身体が滑らかになったような気がする。
 それが習慣のようになって、温泉というわけにもいかないので、毎朝朝風呂に入っている。

 二十数年も前のことだが、私の父親が肺癌の末期の激痛で四転八倒する。当時の鎮痛剤は時間制限があって、次の注射まで痛みが鎮まってくれない。私たちはそれに目を背けるようにして見ているだけで、手も足も出ない。
 それを見た見舞の方が、漢方の薬剤師を紹介してくれた。
 藁にもすがる思いで訪ねた。
「舌の状態」を見てくれと言う。
 舌を出させて見ることに苦労をしたが、なんとか確認して忘れないうちに急いで引帰す。
 出された舌の状態の写真集を見て「今はこの状態だ」と告げる。
 それによって調剤された漢方薬を飲ます。
 毎日、舌の状態を見る。
 その度に調剤してもらう。
「アレ! 五時間も痛くない」
「今日は、十時間も痛くない。治りはじめたのか?」
 癌であることを告げていないから、父親の顔に明りがさした。
 漢方薬は、日数をかけて服用して、効きめはゆっくりとしたものと思っていた。その速効性に瞠目したのが、私の漢方薬との出会いであった。
 それ以来、ことある毎に漢方薬(保険は使えない)を飲んで対処し、リウマチを患うまで、怪我を除いて病院に行ったことはない。
 風邪を引いたのかな? と思ったら葛根湯。顆粒状のものをお湯にといて飲むと、二十分もしない中に身体全体に薬効が滲みわたってゆく感覚がある。
 よしよし、これで治る!
 風邪の後期には、柴胡桂枝湯が良い。
 私の身体には、漢方薬が合っているようだ。

 漢方医の診察と、漢方薬の処方調剤を受けるために、京都は高雄の病院へ四週間毎に通っている。なぜ京都かと言うと、豊橋近辺の漢方の薬剤師は知っていたけれども、漢方医の存在を知らない。たまたま紹介されたのが、京都の漢方医の病院で、保険が使えると聞き、疑問もなく通うことにした。
 漢方薬は基本的に錠剤でなく煎じ薬であるから、四週間分の薬材は大量となる。それを煎じるのには、それなりの手順と方法があって、手間暇をかけなければならない。一般家庭でも出来ないことはないのだが、我家では無理なことなので、病院で煎じたものを、一服毎のレトルトパックにして後日送ってもらっている。
 京都への運賃は馬鹿にならないものだから、ジパング倶楽部に入会して三割引の新幹線料金で往復している。

 豊橋駅は橋上駅である。
 新幹線の改札口に近い、西口は上り下りのエスカレーターがあるが、線路をはさんだ東口は、ペデストリアンデッキと呼ばれる広場に昇らなければならない。下はバスと市電の発着場である。上りのエスカレーターはあっても下りはない。エレベーターも設置されてはいるのだが、地元の人でもわかりにく所にあって、旅行者は判らないであろう。
 新幹線の改札口に行くまでにはいくつかの段差があって、老人や足の悪い人や重いスーツケースを引いてゆく人達は苦労している。
 豊橋駅発着の名古屋鉄道、飯田線と東海道線の4番ホームへは上り下りのエスカレーターがある。5678番線へは階段を利用するしかない。新幹線ホームへは上りのエスカレーターはあっても、下りがない。
 階段の降り口の近くにエレベーターがあるのだから、それを使えばいいことなのに、いまいましい気持がそうさせるのか、片意地をはって少々痛くてもやせ我慢をして階段を降りていた。今は虚勢を張っても仕方のないことと思い、エレベーターを利用している。

 京都駅で嵯峨野線に乗換える。
 京都駅も豊橋駅と同様に橋上駅であるから、新幹線ホームから乗換口へは階段を降りなければならない。最近になって8号車(グリーン車)が停る位置に下りのエスカレーターがあるのを見付けてからは、7号車に乗って行くようにしている。
 乗換口から、跨線橋に昇り(上りのエスカレーターはあっても、帰りは階段になってしまう)再び降りて嵯峨野線に乗る。嵯峨野線へは上り下りのエスカレーターがあるので往きも帰りも助かる。
 降車する花園駅は小さな駅にもかかわらず、上りのエスカレーターとエレベーターが設置されている。

 京都までの車中では、新聞を丹念に読む。
 目についたのが病気に関する本の広告だ。
「がん余命3ヶ月から完治」「ガン・難病でもあきらめない奇跡の療法」「リウマチはこれで治る」等々。これらの本を読めばたちまちに治ってしまうようなキャッチコピーだ。
 嘘ではないであろう。
 それは極く少数の治療例であって、例えが悪いが競輪競馬やパチンコで儲けた、勝ったと自慢話を聞いているような感覚で読む。
 俄には信じがたい。
 病気にも個性があり、患者もそれぞれに体質も違うから、Aさんに効いても、Bさん、Cさんにも効くとは限らない。
 どれだけ多くの人に共通して効果があるかが問題である。
 民間療法的なものは試してみなければ判らない。一種の賭けのようで運が良ければの話ではないのかと推測する。
 運よく効いた人の話を聞いた人は、病気のタイプとか、症状のレベルとかを別にして、病名だけで人に薦める。又、それを聞いた人が人に薦める。そしてだんだん曖昧な情報になる。
 過日、私に薦めた人に「リウマチのタイプや、どんな症状だったとか具体的なこともなしで、漠然とリウマチに良いと言うのでは納得できない」と、本音の話をしてしまった。
 後で、かみさんに、親切に言ってくれた人の気分を損ねるようなことを言うなと叱られた。
 私は、常々考えていたことを脇に置いて、相手に合わせて器用に話をすることが不得手である。
 今は、かみさんが差し出す免疫力を増強させるという、粉末を水に溶く「イムノラクト」と、枇杷の実を粉末状にして、カプセルに入れたものを飲んでいる。
 その効果を期待するものではないが、かみさんの気持を飲むことと思って飲んでいる

2003年9月1日

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