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「あけましておめでとうございます」 十二支の申(猿)です。今年のエトはサルと言われますが、エトは十干十二支のことで甲申となります。 古代中国の殷の時代では、太陽は地中に十個あり、それが毎日ひとつずつ交替で、天上に現われては没し、十回で一巡すると考えられていたらしい。 十個の太陽には、一つずつ名がつけられて日甲(にちこう)・日乙(にちおつ)・日丙(にちへい)・日丁(にちてい)・日戊(にちぼ)・日己(にちき)・日庚(にちこう)・日辛(にちしん)・日壬(にちじん)・日癸(にちき)と呼ばれていた。今日干支と呼んでいるのがこれである。 十二支になぜ動物があてられたのか解らない。シン・もうすと使われている申が、十二支に限ってサルと呼ばれるのも同じように解らない。 子(ネ)丑(ウシ)午(ウマ)酉(トリ)戌(イヌ)も十二支以外には使われません。 次の「子子子、子子子」を何んと読むかというと「ネコのコ、コネコ」と読み、平安朝の嵯峨天皇だったかが、小野篁だったかに、子の字を十二文字並べて、何んと読むかと問い「子子ノ子子子子子子ノ子子子子(ねこのここねこししのここじし)」と読んだという例外的な話もある。 解っていない事も、曖昧なことも、申(サル)と同じように、世の中に定着していることが多い。 一時期、ファジー・ファジーと騒がれた言葉も消えてしまった。テレビはデジタル放送となり、0(ゼロ)と1(イチ)で処理されるデジタル全盛時代となった今だからこそ、0(ゼロ)と1(イチ)の間にある曖昧さを大切にしなければならないと思います。 今後いくらコンピュータが進歩したとしても、絵画・音楽・文学や陶芸などの味わいは数値化することは出来ないでしょう。 この曖昧なファジーの世界の中に人としての豊かさ、優しさ、潤い、癒しなどの心の美しさがあることを忘れてはならないのです。 白川静著「字統」には、申は象形文字。電光が斜めに屈折して走る形で、神威の現われるところ。申が多義化して神が作られるので申は神の初文。とあります。 申の甲骨文に 申をサルと呼ぶようになったのは、電光が斜めに走る形だとはいえ、 平成十六年新春
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