濫觴・一樹
徒然なるままに…
濫觴通信
2006年7月
52号
発行:市橋一樹
濫觴通信TOP

「作ること」

 現在の正月の松飾りは資源保護の考えもあって、印刷されたものを門口に貼っているが、私の中学生(55年前)の頃は、松の根を門口に飾っていた。なかには門松をたてる家もあった。
「おじさん。この門松ください」
「どうして? 何にするんだ」
「模型飛行機の竹ひごにする」
「そうか。持っていっていいよ」
「ありがとうございました」
 と手に入れた竹を何本も集めておいて、骨材や竹ひごに加工して模型飛行機を作っていた。
 加工するといったって、道具としては薪割り用の斧(おの)、鋸(のこ)と金槌、小刀と紙ヤスリなどしかなく、その為の特別な道具を持っていたわけではない。
 とりあえず大まかに割ることは出来たが、細くしてゆくのに苦労する。小刀を使うのだが、怪我をしそうでうまく出来ない。たまたま笊屋(ざるや)さんの前を通って、仕事をしている職人さんの手元を見て、ああして裂いてゆくのかと、その方法を真似して細くしていった。
 当時は、店先で職人さんが仕事をしていたから、いろいろな仕事を見ることができた。それは厭(あ)きることのない面白いことだった。興味をもって見ていて、魔術のようなすごいことをしていると感心していた子供心が、技は教えてもらうものではなくて、自分の目で盗み取り吸収し、体で覚えてゆくものだと主張するようになった下地になったと思う。
 看板屋になって店先で文字を書いていると、歩道に子供が立止り大人もまじって見ている。ちょっと悪戯をしてやろうと、三文字分の横線だけを書く、何んだろうと後で怪訝な声がする。次にあちこちと縦線を書く、何んて字だ、書き順が違うよと、なんだかんだと騒がしい。暫くして仕上げて振り返り、にやっとしてやるとみんな安心して帰っていった。
 現在の建築現場では電動工具の音はしても、鉋(かんな)を使う音は聞こえてこない。シューという爽やかな音と同時に、透けるような薄い鉋屑が出てくる美しい光景は見ることはない。大工さんの作業場では曲ったままの材木に墨を打ち、曲尺(かなじゃく)を使い鋸やノミを使って梁とした。柱の一本一本を手で加工していた。したがって材木の良し悪しを見分ける眼力、刃物の研ぎなどの技術が必要だった。それが電動工具の出現により、鉋の刃を研ぎそれを使いこなす習練が省かれてしまった。電動鋸、替刃式鋸が鋸の目立をする職業を追いやってしまった。一本一本手で加工されていた柱などは、コンピュータ制御による工場で作られてしまい、大工としての修業という大切な過程が無くなってきた。釘打機が出る前は、口に釘を含んで釘を打っていた。それは能率的な方法であると同時に、口に含んだ時の唾液によって、釘が少し錆びて抜けにくくなるという効果がある。そんな先人の知恵や経験によって得られたノウハウはどうなってしまうのか心配である。
 看板屋も同じように、粘着シートをコンピュータでカットした文字を貼っている。手で書かれたものを見ることはない。あってもそれは素人の書いたもので、プロの仕事を見ることはない。手で文字を書けるようになるまでの苦労の積み重ねが、線の良し悪し、文字の良否を見分ける力を育てるのである。私が長年培ってきた文字を書くノウハウを伝えようと強く思ってはいるが、手書きの看板を求めることもないから、それを修得しようとする人は現われない。
 淋しいことではあるが、世の中の流れはいかんともしがたいことである。
 話が横にそれてしまったが、竹ひごを買わずに自分で作ろうと思ったのは、買うたびに小言を言われるから、それが嫌で自分で作ることにした。
 意地を張って作り始めたが、小刀と紙ヤスリだけで丸くするのは簡単ではない。10センチくらいならなんとか出来ても、1メートル近くも均一の太さに丸くするのは至難である。竹ひごなど作っている人はいなかったから、見ることも教えてもらうこともできない。自分で工夫するしかない。昔のことでどんな工夫をしたか忘れてしまった。何本失敗したか覚えていないが、何んとか一本出来た。
 苦心して苦労して出来上ると、作ることが面白くなってくる。
 面白いと感じると楽しいから、夢中になれる。
 夢中になると、模型飛行機を作るための竹ひごだけど、頭の中の飛行機のイメージは消えてしまっている。竹ひご作りだけに意識は集中し雑念がない。
 何日かかけて出来た数本の竹ひごを並べて、飛行機が出来上ったような、安堵と充実感を味わったことを思い出す。
 こんなに作ることに夢中になったきっかけは、雲一つない青空に二機三機と白い模型飛行機が飛んでいる光景を見た。気持ちよさそうだ。大人も子供も一緒に楽しんでいる。
 俺もやってみたい。
 さっそく部材が揃っているキットを買った。それはゴム動力で飛ばすプロペラ機で、たしかライトプレーンという名であったと記憶している。図面を見ながら説明書通りにするのだが、細かな手作業が難しい。何んとか苦労しながらも出来上り、喜び勇んで飛ばしてみたがうまく飛んではくれない。
 重心を調べたり、翼のひねりなど調整したりして、幾度も飛ばしたが、気持がいいという飛び方をしてくれなかった。そのうち何の拍子か失速し墜落して壊れてしまった。
 もう一度買ってくれとは言いにくいから、壊れた翼を作り替えるだけの竹ひごを買ってきた。図面に合わせて、竹ひごをローソクの火に炙って曲げるのだが、炙り過ぎれば折れてしまい、足らなければ曲らない。失敗を重ねてようやく出来たが、左右の型が不揃いである。絶対作ってやる。悔しい思いが作る強い思いになってきた。
 苦心惨憺してやっと仕上げて飛ばしてみた。まずまず納得の飛び方であった。
 もう一機欲しくなった。
 今度は、作る楽しみを知ったから、何にもかも揃っているキットを買わずに、模型作りの本を買って、それを参考にして自分なりに設計したものを作った。
 勉強などはそっちのけだ。
 面白くって仕方がない。
 雑誌に、尾翼が機首にある先尾翼機の写真があった。模型の本に載っていないが作ってみようと思った。プロペラを後尾にする方法が思いつかない。色々考えたあげくプロペラを止めて、グライダーにしようと決めた。参考にするものがないから適当に作ってみたものの飛ばないのだ。何度作っても飛ばない。困りはててボール紙で小さなものを作ってバランスを試してから作った。
 竹ひご作りに苦心したが、先尾翼機はそれ以上だった。
 どうして手に入れたのか覚えがないが、いろいろな種類の翼の断面図を数値化した本を得た。そのXYの数値をグラフ上に写して、桐の薄い板を切って翼の部品を作った。ソロバン片手に数値を型にする作業は楽しいものだった。
 最初の飛行機が墜落して壊れなかったら、こんなにも飛行機作りに熱中し、物を作る為に苦心したり苦労することが、辛さに耐えることではなく楽しいことだと知り得なかったであろう。
 一機出来れば、もう一機と次々に作りたくなるのは、出来上ってしまうと作る楽しみは終りになってしまう。それは飛ばす楽しみより、苦労して作った喜びの方が優っているからに違いない。
 濫觴では、人形のための着物教室に人が集まっている。賑やかなのです。手を動かしているのか、いないのか知らないが、ペチャクチャとあきれるほど賑やかだ。作ることを楽しんでいる事は間違いない。楽しんで作ることはいいことだ。針に糸を通すとき、気持を集中して純粋な心になる瞬間があることを忘れてはならない。意識はしていないだろうが、それがあるから楽しめることだと思う。
 一着仕上げると次にもう一着と何着も作っている。それは出来上った着物を求めているのではなくて、作る楽しみを重ねることだ。
 作る喜びとは、結果を求めて満足する為ではない。作っている時の、作ることのみに集中した、雑念のない純粋な感覚を重ねたことで結果を出した、その過程の充実した感覚にひたることだと私は考える。

2006年7月


【濫觴通信2006年7月52号】