俳句のおかげ
去年今年貫く棒の如きもの 虚子
句会に入って意識を持って俳句を作り始め、こんな句を作りたいと思いながら十年近くを過ごしてきた。
それ以前は、俳句とか川柳とかの意識もなく気分のままに、五七五の言葉遊びを一人で楽しんでいた。
どんないきさつであったのか記憶にないが、三十年ほど前、同業(看板屋)の集まりで長良川の畔の旅館に泊まったとき、万緑や墨絵と化して金華山の句をつくったとか、最近はこんな句もできたとかの話をしたら「いいじゃない! 筋が良いよ」とかなんとかおだてられて気分が良くなった時、言葉巧みに句会に誘われて安易な気持ちで返事をしてしまった。
幸か不幸か句会に誘われたということは、私がリウマチになることを予知していた天が、そのときのために手配くれた私のための心遣いだったと思い返している。
平成十二年一月、突然右肩が猛烈な痛みに襲われた。
足を少し動かしただけででも激痛が走るから立つこともできない。
ベットに寝ることもままならないから、腕をサラシで一番痛くない形に固定して、リクライニングの椅子で一夜を明かすことになってしまった。
それからのことは省略するが、三、四日すれば痛みが治まり、また別のところが痛くなるゲリラ痛の原因がわからない。原因がわからないということで、肉体の痛みにくわえて心の痛みが日に日に増してゆくから、肉体の痛みに耐えること以上にエネルギーが要る。
病とは肉体と共に、心が痛むことだと実感した。
何ヶ月かして血液検査をした結果、立派なリウマチであることが分かった。それを知らされて揺れ動いていた心が落ち着いて「ほっと」した。
難病といわれれるリウマチだといわれて「ほっと」したとは私だけの特別な感覚かもしれないが、原因がわからず暗闇の中を不安をかかえて歩いていて、原因という灯りを前に見て「ほっと」したのではないのかと考える。
この「ほっと」した感覚は経験した者だけに通じることで、健康な人は頭で理解できても実感が伴わないから、そんなものかと思う程度であっても仕方がないことである。
確かな手術をすることや、的確な診断で治療する医師も優れているが、それ以上に不安を抱えている患者に「ほっと」する思いを起こさせるのが良い医師の条件であると思う。
原因が分かったとて痛みが和らぐわけでもなく非常に痛いことには変わりがない。
どこで聞いてきたのかしらないが、かみさんがこれが良いからと言ってあれこれ薬を飲まされる。俺はモルモットかと毒づきながらも、飲んでみないとわからないの一言で半信半疑で飲んではみたものの気休めでしかなかった。
ほかに気功が良いとうことで続けているとき、その関係の医師のグループに混じってチベットに行けるようになった。チベットは憧れの地であり、何の根拠もなく行けばリウマチが楽になるであろうという漠然とした期待を抱いて出発した。
これが大誤算であった。
高度順応の訓練もせず、飛行機の都合が悪く前夜は一睡もできない悪状況のまま、いきなり四千数百メートルのラサ空港に降り立った。
一行のうち二人が血中酸素が激減し即入院。私も入院二歩手前となったが、持参した漢方薬が役立ってなんとか入院は免れた。
高山病になって当然の状況であったから、憧れの地に居るにもかかわらず感動がまったく湧いてこない。なにも感じないからカメラのシャッターも押せない。スケッチブックはトランクに入れたまま。リウマチの痛みをこらえ、思考力の衰えた身を誤魔化しながら予定の行程を終えて帰国した。
平地に帰ってきたのに元に戻らない。高山病の後遺症で朦朧としている。美しいはずの花を見ても全然感じない。何故だ! 食事も旨くなく餌を食べているようだ。好きなチェロの曲を聴いても頭の中を通り抜けてゆくだけだ。まったく無味乾燥な毎日が続く。
月に一度の句会が近づくというのに、何も感じないから句ができるわけがない。今までの記憶を頼りにつくって出してみても、そんな句だから何も伝わらない。
そんなこんなが何カ月も続いてあがきようもなく何ともならない。どうしようもないのだ。
俺はこのまま感動もなく感性も戻らないままに年老いて、喪失の海に溺れて行くのか。
それでも心の片隅でだめだぞ。負けるな頑張れと言う声がする。
そのかすかな声で、溺れる者藁にもすがるという思いで、意識して俳句つくりに集中した。
何故、俳句かというと、月に一度の句会で思いもかけない視線からの句だとか、目を見張る感性の句や新発見したような感動をもらって、新鮮さを感じ力を与えてくれるからである。
例えば
錆肌の 晩夏の富士の 重さかな
富士山を大きいとか美しいとか言っても、重いと表現した新鮮に感心。
名月や 下界は風の渦 巻けり
月を見る句はいろいろあるが、月が下界を見るという思いもかけない視線にはっとした。
絽の透けて ながき廊下の 若女将
春へんろ 老女ほんのり 紅をさす
健康的なエロスを感じさせてくれる爽快感が快い。
他にも紹介したい句があるが、紙面の都合で省略する。
なんにしても毎回の句会で思いがけない感性の句との出合いが、喜びと力を与えてくれる。先生の添削で、句が生き生きした表情になったり、趣が深まったりする驚きが蓄積される。
また、て、に、を、は、の一字を変えるだけで引き締まったり転換したりする素晴らしさに、新鮮な感動を受ける魅力が句会にある。
心を潤わせてくれる句会が、私を奮い立たせてくれるのだ。
喪失の海に溺れてゆくのを助けてくれたのが、俳句という一つの浮き輪であった。
句会を知らなかったらどうなっていたかと思うと、句会に誘ってくれた方に感謝の言葉を贈らなければなりません。
2009年1月